ナゲット割って父ちゃん

ブログ記事300投稿。

 

動画あげた。また長い。

 

今日もひたすらぐだぐだと。

レジェンドオブレガシー。ついに4人目に入ることを決意。ミュルスを。地図売却しない縛りをしようかなーと考えている。でも来週は忙しいのでゲームはできないかもしれない。

他は自分の過去の実況見返したり、ニコ動見たりしてた。

で、タモリ倶楽部の「空耳アワー」の記事を見つけて、見てみたらめちゃくちゃ面白かった。なのでタイトルにつけちゃった。マジで必見だと思うよ。アレは。

 

で、結局課題には手をつけていない。本気でやばいと思う。いつものことだが。明日以降徹夜とかするかもしれない。うん。

まあすべては自己責任。しょーなっち。

 

テレビでなんか国民参加型のやつがやってたみたい。「宇宙人がいるか?」という質問に対して、「UFOを見たことがあるか」と勘違いしてるバカみたいな芸能人とか本気で「○○=宇宙人論」みたいなことを語っちゃう芸能人とかを見ていると、この国の科学的教養のなさを憂うばかりとなってしまう。まあ芸能人が特殊なのだ、と信じたい。ちなみに私は宇宙人はいる、というかいてもいい、と思ってます。会えるかどうかはともかく。

ちょっと異常なことを語ると、私は「存在しないことを証明できなくて、仮に存在していても世界に何の矛盾ももたらさないものは存在しているとしても良い」と考えている。つまり、霊魂とか超能力とかはあってもいいと思っている。その辺のことって、要は「信仰」の問題である、と思うので。(自分の世界の)「現実」に対して矛盾のない説明が出来るのなら、それでもいいかな、って。もっと言うと、「霊魂なんて非科学的だ」と決めつける態度が「非科学的」ではないかな、とか。まあ霊魂とかは心理学で大体説明できるらしいので、霊魂を信仰するか心理学を信仰するか、どっちですか?みたいな話にもなってくるかもね。

そういう話をするには「科学論」をしなければならなくなる。ここでは詳しくは言わないが、私は「科学」は「誰でも再現(=実験)可能であること」が他の信仰と異なる側面である、と考えている。その側面こそが、科学が「客観的」な信仰となりえる理由なのだ、とか。

よくわからなくなってきたので、この辺でこの話は打ち切る。要するに、もっときちんと「教育」しようよ、ってこと。

 

またつまらないことを書いてしまった。

明日は暇だけど、課題をやらないといけないのでやると思う。

おわり!

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