後から言うなよ

っていう時ありません?



まあなんとなく。



昼から喫茶店で作業。そこそこはかどらず。橋下と櫻井よしこ?の動画を見ながら。教育論について話してた。こいつらじゃ話にならねーな、と思いながら見てました。

教育論?について。とりあえず自分が手本になるべし。というわけでまずはあの問題の解説をします。「幕府は1639年・・・」とかいうやつ。新井紀子さんのAIの本からの抜粋なので詳細はその本を読んで下さい。。あの本は以前立ち読みした。読解力がない人はそもそもあの本が読めないという矛盾。アミラーゼの問題は知識がある人ほど間違えがち。なんか以前も書いた気がする。
私が文章を読むとき、まずはその「情景」が頭に浮かぶ、ようになっている。Aの文章を読んだ時には、読んでいるとほぼ同時に江戸にいる(これは知識がないと無理だが)幕府が各地の大名に指示して海岸線(沿岸)を守らせている様子・ポルトガル人を追い立てている様子が頭の中に絵で浮かぶ、ということ。普通の人がどう「読んでる」のかわからないが、私はそうなっている。
で、Bの文章を読む。「ポルトガル人が追放され・・・」のところでまず①誰に?となる。この時点でAの文章と比較して(追放している主体が不明という点で)dat落ち(情報の欠如)があることがわかるので、AとBの内容は全く同じ、というわけではないことがわかる、が「ポルトガル人は追放された」という主張は同じなのでこの時点で「異なる」が正答であると断定はできない。問題が悪いな、と不満を持ちつつ読み進めると、ここで決定的な矛盾が現れる。②幕府が命じているか命じられているか。つまりどっちがどっちに命じているか、が違う。冷静に「絵にして」みると真逆の光景になっているのがわかるだろう。文法的に言えば「受身」の構文。それがきちんと把握できているか、というのがこの問題で問いたかったことなのだな(④メタ認知=出題者の意図を推理)、と思いつつ「異なる」が正解で確定だな、と思う。さらに言えば、③自分の持ってる知識では「幕府は大名より偉い」ので、それとは逆の意味になっているBの文は違和感丸だしだわー、ということで違和感なく読んでたAと比べて「異なる」ことは明白。
出題者的には②受身の文法で正解出してくれよ、ってことなのだろうが、①dat落ち、③問題にない知識でも正解を導ける。という悪問っちゃ悪問。アミラーゼの問題では③がかえって正しい認識の邪魔になるという。それで正しく読めない方が悪いのだが。
橋下はこれを「ひっかけ問題」とか言ってたのだが、私はそうは思わない。言葉のプロであるはずの元弁護士からこういう発言が出ることがまず信じられないのだが。ほんとに正規の方法で司法試験通ったのか?と疑うほど。それはともかく。こういう読解問題は「相手の言ってる・書いてる意味がきちんとわかりますか?」ということを問うてる、と思うわけ。(読書は相手との会話に似たり。)それがわからないってことは相手と正常な意志疎通がとれない可能性がある、ということになるわけで、その状態では他のどんな教科の教科書を読んでも、あるいはどんな事を人に(口頭で)教わっても正しく理解できないことに繋がるわけで、わりと深刻なことである、というように私には思われるのである。
読解力を身につけるにはどうすればいいのか。櫻井は「本を読め」とか言ってたが、まるで具体性に欠ける発言。じゃあどんな本を何冊読んだらいいんですか?100冊以上読め、とか言うなら具体的に小中学生が読むべき本を100冊挙げてみてくださいよ、と聞いてみたいところ。あと読書量を諸外国と比べても意味がない。外は外、ウチはウチ。
私は本を読むことはたしかに重要ではあると思うが、ただ数多く読めばいいか、と言われればそうではないと思う。教えるべきは「読み方」。それを教えないでただ大量に読めと言っても効率が悪いだけ。
まずは①絵本を読む。中高生にいまさら絵本ってのもどうかと思うが。絵本は絵と言葉が一体になっている。つまり絵(視覚イメージ)←文字(=抽象→具体)の頭の中での変換(=「想像力」)を身につけるのにもってこい、というわけ。マンガは不可。頭の中に思い浮かべるべきものを既に提示してしまっているせいでかえって「想像力」が育たない。②論理的な書き方(文法)を学ぶ。特に注目すべきは接続詞。文と文の間の関係をつかむのに必要。「なぜなら」とか「たとえば」とか「つまり」とか。こういうのをしっかりと扱えば小学校の国語の教科書レベルの読書量でも十分学べる、はず(さすがにそれだけでは読書量が少なすぎると思うが)。③英語を学ぶ。英語は日本語より論理的にしっかりしてる(上記の受身の構文とかは目で見てわかりやすい)ので、外国人の考え方を学ぶ上でも重要。当然ある程度日本語できちんと「思考」できるのが前提。つまり中学生以上から。④主体的に読む。読書は会話と同じ。相手の話に真摯に耳を傾けることが重要。それはただ「聞く」のではなく、自分の中で消化しながら「聴く」、ということ。
他にもいろいろ言いたいことがある。橋下はプログラミング教育がどうたらこうたらとか言ってたが、まるで意味がわかってない。プログラミングを学ぶ意義は「機械に出来ること・出来ないことを学ぶ」、というのが一番大きいと思う。要するに、機械が出来ることは機械にまかせときゃいいわけで、人間は人間にしか出来ないことをするべき。今風に言うとAIに取って替わられるような職業には就くな、ということ。Excelでマクロ組めば数分で済む作業をわざわざ手打ちで数時間かけるようなアホになるなよ、とも言える。プログラミング言語を学ぶことでどう機械に教えればいいかがわかり、それが結果的に論理的思考力?につながる、という側面もあるけど。
あと最近のSNSについて。絵文字多用・短文章化は悪くない変化だと思う。非言語的な思考への進化(上記の「頭の中の絵」のみでの会話)、とも言えるので。だが先に述べた抽象→具体の想像力もまだまだ重要なわけで、それが失われるのは良くないと思う。
知識は「覚える」のではなく「慣れる」もので、自分で自由自在に使いこなせるようにならなければ意味がない。
詰め込み教育は「誰が詰め込んでるか」が問題。親等の外部のものが無理やり詰め込んだところで本人のためにならない。学ぶ当人が自分で自分に必要なもの、欲しいものを必要なだけ「詰め込める」ことが重要。その意味では飛び級・留年をもっと普及させるべきだと思う。学校に行く意義、みたいな問題もあるが。
要するに、周りの大人が「子どもの手本」になるべき、ということ。カッコいい大人の背中を見て育てばカッコよくなるに決まってるんですよ。だから子どもをちゃんと育てたければまずは自分がちゃんとしないといけない。子どもに恥じない生き方をすべし。その姿勢がない大人が(教育者含め)あまりにも多すぎる。そんな全ての大人たちに送りたい言葉。「謙虚になれよ!」。このギャグ(マネーの虎の社長)の面白いところは「言ってる本人が謙虚じゃない」ってとこなのだが、自分自身に言い聞かせる分には問題ない。胸に刻むべし。私も心に刻む覚悟。

まだ言い足りない感があるが、長くなったのでこのくらいにしときます。要するに櫻井も橋下も教育に関してはアホすぎる、ということ。私の方がよっぽどいい「大人」になれそうですわ。



以上。長文書いて疲れた。まあ他に書くこともなかったからいいけど。
あ、Mリーグ。黒沢が久々に大トップ取ってたね。おめでとう。あの2筒止めはうまかったよー。ハギーは下手くそだが。冷静に考えて褒めるところがなくて笑いが止まらなかった。



では。明日も作業。明日中に終わらせたい。そして実況。

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